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金沢地方裁判所 昭和31年(行)4号 判決

原告 高志鉱業株式会社

被告 石川県知事

主文

第一次的請求につき、原告の請求を棄却する。

予備的請求につき、本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、第一次的請求として、「被告が昭和三十年三月二十二日石川県能美郡金野村字大野所在の石川県採堀権登録番号第一五二号の採堀権に対してなした公売処分は無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、原告は石川県能美郡金野村字大野所在の石川県採堀権登録番号第一五二号の採堀権を所有する鉱業権者であるところ、被告は原告が本件採堀権の鉱区に対する昭和二十八年度鉱区税を滞納したとして、滞納処分の手続を執行し、昭和三十年三月二十二日これを公売処分に付した。

しかし、右被告のなした公売処分には次のとおりこれを無効とすべき原因がある。即ち、

(一)  被告またはその県税に係る徴収金の賦課徴収等に関する事項の委任を受けた石川県能美財政事務所長は、(イ)本件公売処分に先立つ手続として、右採堀権の差押をなすとき、その権利者である原告に対して地方税法第二百条第一項、国税徴収法第二十三条ノ二第一項の規定による差押の通知をしなかつた。また(ロ)本件公売処分に先立つ手続として、原告に対して公売通知をしなかつた。

(二)  被告の委任を受けた石川県能美財政事務所長は、原告に対する本件鉱区税の徴収を富山県徴税吏員である高岡県税事務所長に嘱託したが、原告は昭和三十年二月五日右嘱託を受けた同事務所徴税吏員より地方税法第十六条の二に基き同年三月末日までの期間を限つて本件鉱区税の徴収猶予を受けた。従つて右期間中は被告としても原告に対してその滞納処分手続を執行することができないにもかゝわらず、本件公売処分を敢えてした。

以上(一)及び(二)のとおり、右滞納処分にはその手続上明白かつ重大な瑕疵があるため、本件公売処分は違法であつて当然無効というべきである。よつてその確認を求めるため本訴に及んだと述べ、

かりに第一次的請求が認められないとしても、予備的請求として、「被告が昭和三十年三月二十二日石川県能美郡金野村字大野所在の石川県採堀権登録番号第一五二号の採堀権に対してなした公売処分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、第一次的請求の請求の原因事実同旨の事実を述べた上、以上のとおりその滞納処分手続に取消しうべき瑕疵があり、本件公売処分は違法である。よつて、その取消を求めるため本訴に及んだと述べ、

(一)被告訴訟代理人並びに指定代理人主張の本案前の抗弁事実中、原告が昭和三十年四月八日被告に対し本件鉱区税公売処分に対する異議申立をしたこと、石川県能美財政事務所長村上治喜智が同年五月六日原告に対して右異議申立棄却の決定をなし、同決定書がその頃原告に送達されたことは認める。(二)しかし、前記異議申立に対する決定は原告石川県知事がこれをなすべきものである。知事は決定をなす職責を有し、下級官庁である能美財政事務所長にこれをさせることはできない。現に本件公売処分は被告石川県知事がなしている。従つて右異議申立に対しても知事が決定すべきところ、未だこれをしていない。そうすると本訴は行政事件訴訟特例法第二条但書の規定により前記異議申立後三カ月を経過して知事の決定を経ないで提起したものとして適法な訴である。以上のとおり被告訴訟代理人並びに指定代理人の抗弁は理由がない。(三)かりに前記石川県能美財政事務所長の決定が適法であるとしても、行政事件訴訟特例法第五条第三項但書所定の正当な事由に因り決定の日から一年の期間内に本訴を提起することができなかつたものである。即ち、本訴提起が遅れた事情は前記決定が原告代表者の留守中に送達された当時その留守宅にいた原告代表者の妹訴外山下幸子が受領して石川県七尾市の婚家に持ち帰り、同女はそのまゝ忘れていたが、約一年後に右書類を発見して原告代表者へ送付したので、はじめて原告は前記棄却の決定があつたことを知つた次第である。

以上いずれにしても本訴は適法に提起されたものであると述べた。

(立証省略)

被告訴訟代理人並びに指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、先ず、第一次的請求について、答弁として原告訴訟代理人主張事実中、原告が主張のような採堀権を所有していたこと、原告が右採堀権の鉱区に対する昭和二十八年度鉱区税を滞納したこと、そこで被告が昭和三十年三月二十二日右採堀権を公売処分に付したこと、並びに本件鉱区税につき差押処分後その徴収事務を富山県の高岡県税事務所に嘱託したことはいずれも認める。しかし本件差押並びに公売処分の通知を原告にしなかつたこと及び本件鉱区税の受託庁である右高岡県税事務所の徴税吏員が原告に対して徴収猶予をなしたと主張する点はいずれも争う。即ち、

(一)(通知の点)(イ)本件鉱業権差押通知書については昭和二十九年七月五日差押調書謄本とともに普通郵便をもつて送達し、右通知書は返戻されていないから原告宛必着している。(ロ)公売処分の通知については昭和三十年三月九日、公売期日を同年同月二十二日と定めて、その旨法定の公告方法により公告するとともに、原告宛通知し、更に公売公告を石川県における日刊新聞紙である北国新聞及び北陸新聞に各掲載している。そして以上原告に対する通知はいずれも商業登記簿上原告の本店住所地である富山市豊川町一番地にあてたものである。被告において事実上の移転先を調査する義務はなく、また一時的な仮営業所に発信する義務もない。(ハ)かりに公売通知がなかつたとしても、公売通知は公売処分の要件ではなく、単に滞納者に任意納付の機会を与えるための徴税吏員の好意的行為であつて、公売通知をしなかつたからと言つて、公売処分が違法になるものではない。(ニ)かりに原告が被告の差押通知、及び公売通知を受けとつていないとしても、原告は石川県外に住所を有するのであるから、地方税法第百九十条により、納税管理人を設けて被告に届出しなければならないにもかかわらず、右届出義務を怠つた重過失があるので、右義務懈怠によつて生じる不通知について被告に責任はない。

(二)(徴収猶予の点)本件鉱区税について徴収猶予をした事実はない。(イ)徴収猶予は地方税法第十六条の二第一項所定の条件を充足する場合において、滞納者が申請書を提出し、徴収猶予を必要とする事由を証明する書類及び実地調査の上、必要があると認めた場合において徴収猶予承諾書を交付して効力を発生するものであるが、本件についてかゝる手続はなされていない。(ロ)本件受託徴税吏員の属する地方団体富山県の徴収の例によると、石川県と同様、鉱区税については徴収猶予の対象から除外している。(ハ)徴収猶予は、原則として差押処分前には滞納処分の執行猶予が執行停止を行いうるのみである。(ニ)原告は納付誓約をもつて徴収猶予と誤り理解している。納付誓約は納税者が納付義務を履行する旨を事実上誓約するものに過ぎない。従つてかりに受託庁である高岡県税事務所において右納付誓約があつたとしても、委託庁である能美財政事務所の職務権限行使に何らの影響を及ぼすものではない。いずれにしても徴収猶予によつて本件公売処分が違法となるようなことはない。以上のとおり本件公売処分は適法であり、原告の本件無効確認訴訟に応ずるわけにはいかないと述べ、次に予備的請求について、先ず本案前の抗弁として、(一)原告は昭和三十年四月八日被告に対して本件公売処分につき異議申立をなしたので、被告の権限委任を受けている石川県能美財政事務所長村上治喜智は、同年五月六日その棄却決定をなし、同日原告の住所に書留郵便をもつてその送達をなした。本訴は右棄却決定の日から一年を経過した昭和三十一年八月二十日に提起されたものであるから、行政事件訴訟特例法第五条第三項本文所定の出訴期間を徒過した違法がある。(二)本件異議申立に対する決定は県知事の専権に属するとする原告代理人の主張を否認する。即ち、石川県の財政事務所長はその所管する課税地区について、石川県税条例第四条によつて県税の賦課、徴収及び過料に関する事項を被告石川県知事より委任を受けているから、異議申立に対する決定の権限についても当然委任を受けている。(三)原告代理人主張の仮定再抗弁事実は不知。かりに主張のような事実があつたとしても、その決定書は過法に原告住所に送達され、原告代表者の妹訴外山下幸子がこれを受領していることは原告代理人主張のとおりであり、且つ前述のとおり原告には納税管理人を石川県内に設定してこれを届出する義務を怠つた重過失があるから、これをもつて行政事件訴訟特例法第五条第三項但書所定の正当事由に該当するとするいわれはない。以上のとおり原告の本件取消訴訟は不適法として却下されるべきであると述べ、

次に本案に対する答弁として、右第一次的請求についての答弁事実同旨の事実を述べた上、以上のとおり本件鉱区税に関する滞納処分手続には取消しうべき瑕疵はなく、本件公売処分は適法であるから、原告の本件取消請求に応ずるわけにいかないと述べた。

(立証省略)

理由

第一、第一次的請求について、

原告が本件採堀権を所有していたこと、原告が右採堀権の鉱区に対する昭和二十八年度鉱区税を滞納したため、被告が昭和三十年三月二十二日右採堀権を公売処分に付したこと、並びに本件鉱区税につき差押処分後その徴収事務を富山県の高岡県税事務所に嘱託したことは当事者間に争いがない。

そこで先ず

一、(通知の点)

(イ)被告が右公売処分に先立つ手続として地方税法第二百条第一項、国税徴収法第二十三条ノ二第一項の規定に基き本件採堀権の差押の通知を権利者である原告に対してなしたか否かについて案ずるに、公務員が職務上作成したものと認められるので真正に成立したと推定する乙第五号証、証人三島悌次郎、同森芳男の各証言によつて全部真正に成立したと認める乙第三号証の二、同第八号証、証人森芳男の証言によつて真正に成立したと認める同第九号証に、右証人二名、同新宅友一、同高畠義夫の各証言の結果を綜合すると、石川県能美財政事務所では、同所所属徴税吏員三島悌次郎が昭和二十九年六月二十四日付をもつて本件採堀権の差押をなし、その調書を作成する等の手続がなされたこと、更に同年七月五日原告に対してその商業登記簿上の本店所在地である富山市豊川町一番地あてに石川県能美財政事務所長沖野庄作(当時)名義の鉱業権差押通知書を送付したこと、右送付の方法は普通郵便として石川県小松市内の郵便局に差し出されたもので、その後送達不能として返戻されたことがないことをそれぞれ認めることができ他に右認定を覆えすに足る証拠はない。そして右財政事務所の所在地である石川県小松市から富山市内への郵便物が特段の事情のない限り数日を出でずして名宛人に到達することは当裁判所に顕著な事実であるから、前記認定事実によると、右差押通知書は昭和二十九年七月上旬原告本店に到達したものと推認することができ、これに反する証人関野鉄次郎の証言、原告代表者本人尋問の結果は遽に措信できない。

成立に争いのない乙第一号証によると、原告は昭和二十九年三月三十一日富山県高岡営業所より右財政事務所長あてに鉱区税納入の延期方を依頼する旨の書面を提出していること、更に成立に争いのない甲第三号証、同第四号証の一、二、同第五号証の一に原告代表者本人尋問の結果を綜合すると本件滞納処分等に関する原告に対する各文書は昭和三十年一月頃以降は原告の前記高岡営業所あてに送達され、原告が同所でこれを受領していることが認められるけれども、これをもつて直ちに原告の本店宛に送付した前記差押通知書在中の郵便物が原告に送達されていないとすることはできず、他に前記推認事実を覆えすに足る証拠はない。

(ロ)次に、原告訴訟代理人は、原告が本件公売処分の期日の通知を受けていないことをもつて、違法であると主張するけれども、地方税法第二百条により鉱区税の滞納処分につき、その例によるものとされている国税徴収法と同法施行規則その他関係法令によつても、公売処分に当つて滞納者にあらかじめ公売の通知を要する旨の規定はないから、たとえ通常の場合公売公告の他に滞納者に公売通知をしているとしても、それは徴税吏員が可及的に滞納処分を回避し、滞納者に任意納付の機会を与えようとするための任意的措置であるに過ぎないと解するのが相当である。従つて、かりに本件公売処分に当つて原告に対して公売通知がなされていないとしても、その公売処分が違法となるものではない。この点に関する原告訴訟代理人の主張は爾余の判断をするまでもなく主張自体理由がないと言わなければならない。

二、(徴収猶予の点)

原告訴訟代理人は、原告が昭和三十年二月五日本件鉱区税の徴収につき嘱託を受けた富山県の高岡県税事務所徴税吏員より同年三月末日まで徴収猶予を受けたと主張するので此の点について案ずるに、地方税法第二十二条第二項によると、嘱託徴収については受託徴税吏員の属する地方団体における徴収の例によると規定されているところ、当裁判所において顕出された全証拠、殊に原告代表者本人尋問の結果によつても、本件鉱区税につき地方税法第十六条の二、富山県税条例第十四条、同施行規則第十四条、第十七条の各規定による徴収猶予の手続がなされたと認めるに足る証拠はない。

三、以上のとおり本件公売処分にはその手続上明白かつ重大な瑕疵はないので、これを違法とする事由はないと言うべきである。

第二、予備的請求について、

はじめに原告の本件予備的請求の訴の提起が適法であるか否かについて判断すると、原告が昭和三十年四月八日被告に対し本件公売処分に対する異議申立をしたこと、及び石川県能美財政事務所長村上治喜智が同年五月六日原告に対して右異議申立棄却の決定をなし、同決定書がその頃原告に送達されたことは当事者間に争いがない。そこで、

(一)先ず、原告訴訟代理人は、本件異議申立に対する決定は被告石川県知事がなすべきであつて、前記財政事務所長のなした棄却決定は違法であり、未だ決定が無いに帰すると主張するのでこの点について検討する。地方税法第三条の二によると、法文上、地方団体の長は地方税法で定めるその権限の一部を委任することができる旨定めてあつて、異議申立に対する決定権限についての委任を特に除外する趣旨とは解しえない。そして石川県では、同法同条に基き石川県税条例第四条(別紙参照。)により知事はその権限のうち一定のものを財政事務所長に対して権限委任をしているのであるが、同条例同条並びに石川県税条例施行規則第一条の二(別紙参照)を綜合すると、同条例第四条本文にいう「県税に係る徴収金の賦課徴収及び過料の徴収に関する事項」には、本件の如き異議申立に対する決定も包含されていないと解するのを相当とする。

異議申立に対する決定は知事固有の権限で委任に親しまず、必らず、知事自身がその名においてなさなければならないとの見解を前提とする原告訴訟代理人の所論は採用することができない。

よつて本件異議申立に対する棄却決定は適法且つ有効になされたものである。

そうすると、本件訴訟が昭和三十一年八月二十日に提起されたことは本件記録上当裁判所に顕著な事実であり、これによると本件取消訴訟が前記棄却決定の日から一年を経過した後に提起されたものであることは明白である。

(二)次に原告訴訟代理人は出訴期間徒過につき正当事由があつたと主張するが、かりにその主張のように、本件棄却決定がたまたま原告代表者の留守中に送達され、当時その留守宅にいた原告代表者の妹訴外山下幸子が受領し、原告代表者に手交せず、そのまゝ石川県七尾市の婚家に持ち帰つていたため、原告代表者としては約一年後に右棄却決定のあつたことを知つた事情が認められるけれども、右は原告の責に帰すべき事由によるものであつて、未だこれをもつて行政事件訴訟特例法第五条第三項但書の正当事由があつたものとすることはできない。

(三)以上のとおり、本件訴訟は爾余の判断をまつまでもなく行政事件訴訟特例法第五条第三項所定の期間を徒過した後に提起された不適法のものと言うほかない。

第三、結論

以上第一、第二のとおりであるから、第一次的請求については原告の被告に対する本訴請求は理由がないのでこれを棄却し、予備的請求については原告の本件訴は不適法として却下することとし、訴訟費用については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田正武 松沢二郎 畑郁夫)

石川県税条例第四条

(財政事務所長に対する知事の権限の委任)

第四条 知事は、県税に係る徴収金の賦課徴収及び過料の徴収に関する事項を県税の課税地を所管する財政事務所長(金沢司税署長を含む。以下同じ。)に委任する。但し、左の各号に掲げる事項については、この限りでない。

一、過料処分の決定

二、二以上の道府県において事務所又は事業所を設けて事業を行う者に係る法人等の県民税又は事業税の課税標準額の更正、決定及び分割に関する事項

三、課税権の帰属等に関する事項

四、課税地の指定に関する事項

五、その他知事が別に定める事項

石川県税条例施行規則第一条の二

(財政事務所長等に対する知事の権限の委任除外)

第一条の二 条例第四条第一項第五号の規定によつて、知事が定める事項は、次の各号に掲げるものとする。

一、県民税の所得割の課税総額の決定及び配賦に関する事項

二、県たばこ消費税及び固定資産税の賦課徴収に関する事項

三、条例第五条の二第一項の規定によつて知事が県税の徴収に関する事務の一部を市町村に委任した事項

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